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Saloon of Adventurers

剣と魔法のファンタジー世界における権謀術数を描くオリジナル小説

小編〔過去編〕(30)

第十三章

「俺は――」エヴァラードはイレーンに向き合い、その手をとった。「死ぬまできみがそばにいれくれるのなら、それ以上は何も望みはしないし、きみの望むことは何でも誓おう」
「三つあります」
理知的な蒼い瞳を持つ森妖精の娘は言った。
「ひとつは、鉄でつくられたものでわたくしに触れず、またわたくしに触れさせないでください。もしそうなされば、わたくしは永遠にあなたの許〔もと〕を去らねばなりません」
「決して」
「ふたつめは、わたくしの為すことを以って、わたくしの一族を貶めるようなことは口になさらないでください。もしそうなされば、一族はあげてあなたの敵となるでしょう」
「誓おう」
「三つめは、けしてわたくしに嘘をつかないでください」
「決してしないと誓う」
「すんだかね?」
 大陸共通語のわからぬらしい僧侶が聞いた。
「ああ」
「ではこれでふたりはめでたく夫婦だ! すべての地を這うものの母にしてあらゆるみどりと果実をもたらす慈愛深きわれらが女神アルマトゥーラに万遍の感謝を!」
 地母神の僧侶はそうして大仰に祈りを捧げたあと、不思議そうに首をめぐらし、立っているふたりを眺めまわした。
「なにぼさっとしとるんだね、ほれ、誓いのキスは?」
 エヴァラードは苦笑しつつ、イレーンのフードを少しだけ持ち上げ――ほんものの女神と見紛う姿を目にしては、地母神の坊主はきっと腰を抜かしてしまうだろうから――その唇に、小鳥のようなキスをした。
 それだけでも坊主のほうは大喜びで、めでたいめでたいと丸っこい手を何度も打ち合わせたのであった。
「これはお礼だ、とっておいてくれ」
 エヴァラードが差し出したのは金の指輪であった。親指の爪ほどの大きさの黒曜石に、金色の獅子が三頭象嵌されている。
「ありがたく頂戴しよう。大地の子らに、女神のお恵みがあるように」
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小編〔過去編〕(29)

小編

道の両側に青い麦畑の広がるところまでくると、エヴァラードは馬の歩みを止めた。
 緑の海原に腰をかがめて作業をしている生成りの長衣を認めると、
「おうい、そこの御坊、一寸〔ちょっと〕頼みがあるのだが」
 と声をかけた。
 呼ばれた僧はふりかえった。陽に焼けた額の汗を粗織の袖で拭いつつ、
「これは騎士さま、何のご用かの」
「我らふたりの結婚の証人になってもらいたいのだ」
 地母神の僧は目の前の騎士と、馬上のフードをかむった婦人を交互に見遣った。
「よろしいが、神殿までは遠いよ」
「どこだね」
 土でよごれた指が指し示したのは、なだらかな丘ふたつ越えた向こう、彼らの進む方向とは九十度ずれていた。
「やあ、御坊はそんな遠くから来ているのか」
「そうさな。ここらは寄進を受けた土地だけども、耕す人間がいなくちゃあ、どうもならん」
「あいにくだが、それほどのんびりしている時間はないのだ」
 エヴァラードが困った顔で言うと、
「屋根のあるところでなくてもいいっちゅうんなら、儂がいつも弁当をつかう場所がある。おいでなさい」
 ふたりと一頭は僧侶について、畑のはずれにこんもりと葉を茂らせるちいさな林のかげに入っていった。
 ひんやりとした木陰には、誰が刻んだのか、荒削りのぽっちゃりした地母神〔アルマトゥーラ〕の石像がひっそりと佇んでいた。雨露をしのげるように簡単な小屋がけをしてあるが、大人ひとりが腰をおろして弁当を広げようものなら体の半分は外に出てしまうほどの幅であった。
「さて、ご両人」
 僧服をまとっていなければ、そこらの農夫と変わりないように見える赤ら顔の坊主は、泥汚れをこそげ落とすように両手をこすり合わせた。
「大地母神〔アルマトゥーラ〕様の前では、かたくるしいことはなしだ。儂もふだんは村の結婚式に招〔よ〕ばれるだけなんでねえ――誓いを立てるころにはすっかりできあがってるって寸法だ。だから、ただお互いを夫婦として認めますって言えばいいよ、証人にはなってさしあげるからね。――おっと、そういやまだ名前も聞いておらんかったね」
「俺はアルマンディのエヴァラード。こちらは――」ちょっと迷ってから、「〈常若の森〉のふもとから来たイレーン殿だ」
「へえ、森のねえ! あんなところに人が住んでいたとは思わなんだよ」
 坊主は――失礼にならないと思い込んでいるであろう程度に――フードをかむった貴婦人を、ものめずらしげにじろじろと見た。
「まあでも何にしろ結婚はめでたいことだよ。子供も増えることだしね」
 エヴァラードは黙っているイレーンに、僧侶の言葉をかいつまんで訳して聞かせた。むろん、最後のふたつは除いて。
「さ、おふたかた、何かお互いに誓い合うことがあればお言いなさい。ないなら、途中をすっとばして誓いの口づけでも構わんよ」

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小編〔過去編〕(28)

小編

かの女にとっては森の外の世界すべてが、見るのと聞くのとでは大違いであった。人里に近づくにつれ、慣れ親しんできた楢〔なら〕や樫の大樹は姿を消し、規則的に並ぶ箱柳〔ポプラ〕の木立や、あきらかに人が植えたとおぼしき林檎〔りんご〕の木がぽつりぽつりと生えているのが目に入る。
 イレーンは子供のように、横座りした鞍壺から腰を浮かせ、はるかに続く丘陵や、ときおりたちのぼる村々の炊事の煙に目を凝らしている。
 エヴァラードは夢中になるあまり妻が転げ落ちぬよう、うしろからそっとその細腰を支えてやっていた。大の大人がふたり乗っても、彼の愛馬には、イレーンの重みなどまるで麦藁一本ほどもこたえていないようであった。
「しかし、そのままの格好で行くのは少々まずいかもしれないな」
 笑いを噛み殺したようにエヴァラードは言った。
「姿を隠さねばならないわけでもありますの?」
「俺にはないよ。だがきみは……道ゆく男どもにとっては危険な存在になっているようだからね」
 馬上の妖精の貴婦人を目にした旅人はうっかり側溝に転がり落ち、農夫は鎌で己の手を切り、騎士の馬は主の手綱がお留守のあいだに道草を食い始める始末であった。
「生まれ持った姿を恥じる必要などないと思いますけれど」
「〈長上の民〉にとってはそうだろうね」
 エヴァラードは終いにはにやにや笑いを隠そうともしなかった。
「だがわれわれ人間にとっては……きみは太陽のようなものだ。恵みを与えてくれるが、直接見ると目がつぶれる」
「あなたはときどき、わかったようなわからないようなことを仰いますのね」
「詩的と言ってくれないかな」
 結局、かの女は人の世の流儀にならうことにし、数少ない持ちもののなかから深山幽谷の清流に生〔む〕す苔のような深緑色の天鵞絨〔びろうど〕の外套を選び出すと、そっとフードをおろしたのだった。

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小編〔過去編〕(27)

小編

「――まあ、どうなさったんですの、エヴァラード?」
 帰ってくるなり、彼が己の馬に、来たときと同じように荷物をくくりつけ旅支度をしていたのだ。
「何か急なご用事ができましたの」
「あなたたちのところでは、異邦人に矢を向けて出立を迫るのがならいなのですか」彼は硬い声で言った。
「え……?」
「あなたがここを発〔た〕ってすぐに」彼はいささか荒っぽい手つきで馬の腹帯を締め直した。「彼――アリオンに似た〈長上の一族〉が訪ねて来た。アリオンに似ていたが、鹿猟の格好ではなかった。あなたを訪ねてきたのかと思ったが、違った」
 光の加減で深緑にも黒にも見える、つややかな革の胸当てと弓篭手〔ゆごて〕、背には箙一杯の矢という揃いのいでたちで現われたふたりのエルフは、ちょうど彼の剣先は届かず、彼らの矢は届く距離を測ったように足を止めた。
『イレーンにご用ですか? あいにく彼女は留守だ』
『知っている』
『では何の……』
『かの女は戻らぬ』ふたりは交互に口をひらいた。
 森妖精族はみなそれぞれに美しかったが、また互いに似通ってもいた。ことに目の前のふたりはどちらも金茶の髪に緑の瞳で背格好も同じであったため、本体とその影が喋っているかのような錯覚すらおぼえるのだった。
『戻らない、とは……? 彼女に何かあったのですか、それとも彼女がそう言伝〔ことづて〕を寄越したのですか?』
『我らは其処許〔そこもと〕のこれ以上この地に留まるのを歓迎せぬ。早々に立ち去られるがよい』
 彼ははずした剣を足下に置き、いつでも蹴り上げられるようにしていたが、そうするより早く、エルフの矢が己を射抜くであろうことは察しがついた。みごとな細工のほどこされた短弓にはぴんと弦が張られ、彼らはそれを左手に携えたまま、置こうとも隠そうともしてはいなかった。噂によれば妖精の矢は稲妻より速いというが、噂を己の身で確かめるつもりはなかった。
『――つまりそれがあなたがたの意向ということか。しかしイレーンの意志は? 俺は彼女の客だ』
『そなたは迷ったのであろう。かの女に招かれたのでない以上、我らの客人〔まろうど〕ではない。ここは人の子の来るべきところではない』
『しかし――』
『二度とは言わぬ。三日のうちに去れ。さもなくば我らがそなたを追わねばならぬ』
 ふたりのエルフが木立に溶けて見えなくなっても、彼は彼らの去って行ったほうから目を離すことはなかった。
 いまもまだ、木々のあいだから、つがえられた矢が彼に向けられているかのように。
「実を言うと今日で四日目なのです」
 彼は言った。イレーンは一両日のうちに宮廷を辞したのだったが、より人界に近い森の端では、流れる時間すら違うのだ。
「彼らが――一方的な――約束を覚えているのなら、いまにも俺を追い払いにやって来てもおかしくはない。だが、俺はあなたの帰ってくるのに賭けた。あなたの口から聞きたいと。俺がここにいるのは迷惑ですか?」
「いいえ――ですが、それを望まぬ者もおります」
「いずれにせよここはあなたがたの土地だ、どのみち俺は出てゆかねばならない。問題は――ひとりでゆくか、ふたりでゆくかということです」
「ふたりで、とは――?」
 彼はかの女の前にひざまずいた。
「俺と結婚して下さい」
 かえってきたのはほがらかな笑い声であった。
「……なぜ笑うんです?」
「ご免なさい、あんまり驚愕〔びっくり〕したものですから。なぜって、とても急なお話なのですもの。わたくしたちは知り合ってまだひと月もたってはおりませんのに。まるで蜻蛉〔かげろう〕のように……」
「あなたがたからすればそうでしょう」
 彼は立ち上がり、かの女の両の手を己の手に握った。
「俺がひとりでここを出て行ったなら、生涯、ほかの女性を妻にはしない。人間の一生はあなたがたから見れば蜻蛉のように短いかもしれない――だが、ひとりでいるには長すぎる」

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小編〔過去編〕(26)

小編

「なぜって――彼はわたくしの客人ですもの」
 指摘されてはじめて、かの女の心中にざわめきが生じた。
 これまで女王の宮廷を、これほど居心地悪く感じたことはなかった。霧にとける乳白色の列柱も、絹のようになめらかなみどりの天蓋も、妙なる天上の調べを奏でるせせらぎも、いまはひたすらにぼんやりとし、うっとうしく、耳障りで、生彩を欠いているのはなぜだろう。それに、あれほど尊敬し、その好意を受けるのを、くすぐったくも誇らしく思っていた年嵩のいとこが、妙に冷たく意地悪に見えるのはどうしてだろう……。
 かの女の内のかすかな動揺を見透かすかのように、アリオンは続けた。
「彼らは客人〔まろうど〕としては歓迎されるが、それは彼らがいずれ立ち去るゆえだ」
「…………」
「それはきみも同じだ、イレーン」ものわかりの悪い教え子を教師が諭すように、
「きみが彼の世界を選んでも、きみは彼にとって客人にすぎぬ。やがて彼らはきみに立ち去ってほしいと望むようになるだろう。なぜならきみは彼らと違いすぎるからだ。あまりに美しく、善良で、また賢すぎるからだ。一方で、彼らはどうしようもなく愚かで、くだらぬことですぐに争い、またたくまに醜く年老いて死んでゆくさだめにある。そのうちに彼らはきみをうとましく思い――」
「あなたは彼らのことを何でも分かったように仰いますのね、アリオン」ふだんならば決してせぬことであったが、かの女は年長者に口を挟んだ。
 アリオンは碧の眸をすがめてかの女を見、
「……いささか礼儀知らずになったようだね、私の可愛いイレーン。それもあの人間の男に影響を受けたためかな」
「あなたのイレーンではありませんわ、アリオン」
「では誰のものだと言うつもり」
「わたくしはわたくしです。誰のものでもありません。あなたこそそのような仰りかたをなさるなんて、ここ五十年のあいだにはなかったことではありませんか。人界の影響を受けているのはあなたではありませんの」
「少しばかり癇にさわるが認めぬわけにはゆかぬだろうね」五百余才の森妖精は皮肉に唇をゆがめた。
「私は長いことあちらにいすぎたようだ。だが、すでに足は遠のいているよ。なにしろ、彼らの愚かさをいやというほど見せつけられたのだからね。彼らとともにあるくらいならば、岩妖精族と共闘するほうがましというものだ。まさかと思うが、もしきみが……」
「ご忠告は心に留めておきますわ」かの女は辞去のしぐさをした。「ですがもう戻りませんと。客人が心配されているといけませんから」
 アリオンの声は、木霊のようにかの女の背を追ってきた。
「きみがもしあの人間の男とともにここを出てゆくようなことになっても私は構わないし、いつでも戻ってきてよいのだからね。私は待っている」

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プロフィール

吉村杏

Author:吉村杏
6才の頃からファンタジー好きで、12才の時にミリタリーにもハマりました。ミリタリーはYahoo!に置いてきて(笑)、こっちではファンタジー一本でいこうかと。

更新は基本的に週末の土日、執筆ペースが追いつかない場合は不定期です(笑)。反対に追いついた場合は週の中日にupすることもあります。気長におつきあいください。

ちなみに、ブログタイトルは小説のタイトルではありませんのであしからず…。

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