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Saloon of Adventurers

剣と魔法のファンタジー世界における権謀術数を描くオリジナル小説

小編〔過去編〕(56)

小編

「エヴァラード、あなた、ここで寝〔やす〕むつもりですの?」
 あいかわらず抱きかかえられたままイレーンが言った。かの女はまだ床におりようとじたばたしている。「あなたの体格では、この寝台は少し狭いと思うのですけれど……」
 なるほど彼にあてがわれた客室は、おそらくは伯爵本人の主寝室であったのだろう、ふたりといわず大人三人ばかりがゆったり体を伸ばせるほどの天蓋つき寝台が部屋の真んなかに鎮座ましましていた。が、こちらは、まるでかつて子供部屋か控えの間として使われてでもいたかのように、独り寝がやっとのちいさな寝台と、調度らしきものは長椅子を兼ねた衣装櫃と、窓際にひっそり置かれた鏡台のみ。
(奴ら、俺の言ったことを本気で信じてはいないな……)
 だが焦慮もすぐに、狂わしいまでの熱情に混じる。
 彼は花嫁を冷えた寝台の上にそっとおろした。カーテンをあけたままの窓から月あかりが差しこみ、敷布の上に広がった金の髪を、しろがねのように輝かせる。
彼を真っすぐ見上げる瞳も蒼白い月光に溶け、心の底までも見とおせるかのごとく、泉水のようにかぎりなく深く澄んでいる。
 かの女はまぎれもなく人ならざるもの、清冽な泉と森の女神なのだ。
 彼は目の前の乙女の白い頬に片手で触れた。降ったばかりの雪のようにふわりとやわらかく、ほのかにあたたかく、たしかに女神が肉をそなえているのだと感じられた。
「エヴァラード、あなたのお手……火のように熱い」
 彼のほうが体温が高いためだろう。
 エヴァラードの頭は畏敬の念にうたれていたが、陣太鼓のように鼓動を打つ胸から下、とくに腰の中心はすでに冷静ではいられなかった。
 あなたがた人間は、過剰すぎるのです――頭のなかに、どこかとがめるような響きがうかび、室のすみのくらがりに溶け消えた。(そうとも、まったくひとつも、反論なんてできやしない――だがこれほどまでにすばらしい女を目の前にして平静を保てる男がいればお目にかかりたいものだ)
 彼は長衣の喉もとの紐を解いていった。指は高熱にうかされたときのようにこわばり、かすかに震えさえしていた。
 緑のローブのあわいから、ちいさいがかたちのよいふたつの丘陵が、うすい布地を押し上げているのを、そしてそれが小鳥のように脈うつのを目にしたとき、彼は己の夜着を引きむしるように脱ぎ、驚きに息を呑む愛しい女の唇を、自身のそれでふさいでいた。
「エヴァラード……」
 長いくちづけのあとのあえかな抗議も、先端まで熱を帯びた白磁の耳朶にその真の名をささやけば、すぐに小鳩が喉を鳴らすに似たものへ変わる……。
 泉の乙女を、人の世の王は、砂糖菓子を扱う手つきで扱い、嵐の海に揉まれる小舟のようにゆさぶった。
 そうして、太陽〔ひ〕が中天に昇りつめようというころになっても、皇位継承者の起きてこないことに気付いた廷臣らは、豪奢な天蓋つき寝台のなかに次期皇帝の姿がないのに驚きあわて、お付きの騎士の言により、廊下のはじの小部屋の寝台に、一糸まとわぬ姿の彼と、その裸の胸に抱かれて眠る女神を見出したのであった。
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小編〔過去編〕(55)

小編

「……そのことについては、わたくしも、ほんとうのことを告げていたとは言えませんわね」
「何だって?」今度は夫のほうが驚く番であった。
「……わたくしのほんとうの名は、エウレーネーと申します」
 唖然として、その名をくりかえそうとする彼の唇に、エルフの姫はつとひとさし指をあて、
「めったなことでその名を口にはなさらないで下さい。精霊が己が名を告げたからには、生殺与奪の権を与えたことになるのですから。わたくしのほかには、これまでこの名を知るのは、名付け親であられる女王と、それからわたくしのふた親しかおりませんでした。互いに真の名を明かしてはじめて、夫婦のちぎりを結んだといえるのです」
「イレーン……」
「わたくしには、あなたがいかに財貨をたくわえているかを見せられるより、真実をつつみかくさず述べてくださるかのほうがずっとたいせつなことなのです。なにしろあなたは人の世におけるわたくしの導き手なのですから」
「つまり――……俺はもう一度、あなたのお眼鏡にかなったということか?」
 エルフの姫は何度か金色のまつげをしばたたかせたが、白くなめらかな頬が今度は薔薇色に輝いているのを見れば、言わんとしていることは明らかであった。
「ああ、美しくも賢きアストリッドよ、我らをみそなわし給え――ところでどうしてこの夜中にそのような格好を? 気分がすぐれないというからもう寝〔やす〕んだかと思っていたのだが……」
「ええ、しばらく静かな場所におりましたらすっかりよくなりました。これは……(といってローブの裾をちょっとつまみ)もしあなたがご自身の前言を否定されるようなことがあればその足で……と思っておりましたけれど、もうその必要はありませんわね」
「……いや、まだ問題がある」
「なんですの」
「人間界〔こちら〕の流儀では、まだ婚姻は完遂されていないんだ」
 言うなり、彼は両腕を伸ばし花嫁を抱え上げた。水と空気から生み出された娘はまるで花嫁のヴェール一枚ほどの重さしかないように感じられたが、彼の腕と胸のなかにすっぽりおさまった身のうちに炎が灯っているかのような熱さも伝わってきた。
 エヴァラードは妖精の乙女を抱いたまま、室〔へや〕の扉をなかば蹴り開けた。宿直〔とのい〕についていた騎士があわてて直立不動の姿勢をとる。彼はそのまま、長い廊下を反対側に向かい歩き出した。
「――おろして下さい、自分の足で歩けます」
 イレーンが頬を赤らめ抗議するのも意に介さぬ。
 次いで、目的地につくと、イレーンに割り当てられた室の扉を――今度は苦心して――そっとあけた。
 腕のなかの乙女は喜んでじっとしているどころか抱かれるのを嫌がる猫のように身じろぎし、そのたびに、ローブに包まれているとはいえまろやかな肩や腰が彼の胸やちょっと口に出すのがはばかられるところをくすぐり、フードのぬげてしまった金の髪は、渇いて倒れていた日の泉のように甘く薫った。
 彼はくるりと向きなおると、扉を閉める前に、お供の騎士へこう言った、「朝まで邪魔するな」。

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小編〔過去編〕(54)

小編

夜半、皇位継承者の室〔へや〕をおとなう者があった。
「イレーン」
 出迎えた良人〔おっと〕は夜着の紐を結んだばかりであったが、妻のほうは深緑の長衣〔ローブ〕に身をつつみ、旅支度をととのえていた。
「わたくしたちは話し合う必要があると思って参りました」かの女は言った。
「……俺も同じことを考えていた。そのう、明朝〔あした〕にでも」
「あなたは何者なのです?」イレーンは尋ねた。「あなたはご自身で仰ったとおりのかたなのか、それともほかのかたが口にしているとおりのかたですの?」
「俺は……」
 エヴァラードは床と天井に視線を彷徨〔さまよ〕わせたが、やがてイレーンの澄んだ空色の瞳とぶつかった。
「俺が言ったのは、こうありたいと望んだ俺の姿で、現実の俺は……彼らの言うとおりだ。三大選帝候家の一、いまとなっては第一皇位継承者、もうすぐ帝国皇帝になる男、帝国領の三分の一と直轄領の主〔あるじ〕、そしてきみは皇妃だ――なんだい、全然嬉しそうじゃないな」
「そのお話が真実〔ほんとう〕なら、なぜご自分の出自を偽ったりなどなさったのです?」
「ほんの半日前までは本当だったからさ――少なくとも生まれ以外はね! 俺は鎧を着せてもらうのに宿屋の小僧と半銀貨の値引交渉をしなきゃならなかった――いいかい、昨日の今日まで、俺がいま言った権利はすべて俺のふたりの兄貴のものだった。皇位には選帝候家の当主が持ちまわりで就くが、皇帝が崩御されたときに成人していなければならないし、第二子以降は甥っ子と順位を競わなきゃならない。上の兄はとうに死んで子供は女ばかりだったが、おまけに下の兄は体には異様なほど気を遣ううえに奴筋金入りのけちんぼうで、自分の子供五人に加えて無駄飯喰らいを囲っておく余裕はないとぬかした。残念ながら、我が家の領地はそれほどゆたかではないんでね、ほかのふたつに比べて。俺は年の離れた三番目で、耄碌しないうちに玉座に手の届く見込みなど、太陽の欠けるくらいありえなかった。だから自分で自分の食い扶持を稼がなきゃならなかった。その途中できみと出逢ったわけだが」
 イレーンはわずかに眉をひそめ、かすかに首をかしげ、続きをうながしているようだった。
「きみに語ったことは誓って嘘ではない。いまのいままで俺は帰る家を持たず、路銀のために賭け試合に出場し、悪くすればリーンサルで傭兵になっていたかもしれないが、自由な人間だった――それがいまでは、黄金〔きん〕の籠に閉じ込められた鳥も同然だ。唯一変わらないものといえば、わが妻、イレーン、きみへの想いだけだ」
 うす昏〔くら〕い緑のフードの下の雪花石膏〔アラバスター〕の頬は、真摯な愛情の吐露にも朱に染まることはなかった。
「エヴァラードという名も、嘘ですの?」
「父祖からもらった名を偽るほど、落ちぶれてはいない」彼は憮然として言った。

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小編〔過去編〕(53)

小編

急遽、明日と明後日の試合は延期となった。
 通常の延期ならば観客はぶうぶう言ってとうていおさまらぬところではあるが、後日の皇帝即位のお祭りのためと言われればまあ納得できぬものでもないし、皇位継承者を間近に見られたというお土産もある。それに、のちほど領主より祝い酒が下されると触れられると、みなおとなしく街へ戻っていった。
 一方、当事者のほうは当然のように歓迎の宴に迎えられた。
 ホスト側は皇位継承者がほんとうに着の身着のままであることを知ると大あわてで、ほうぼう駆けまわったあげく、どこからかふさわしい着物を調達してきた。
 本来であれば一番上等な服は領主である伯爵のものであったが、伯爵よりうんと若い彼が着るには横幅がありすぎた。そんなわけで、皆が首を長くして待ちわびている大広間に姿をみせたとき、エヴァラードは臙脂色に金糸の刺繍の入った上衣に、ほっそりした緑の脚衣といういでたちとなっていた。
 それは伯爵の甥が今宵のためにと持参していたもので、エヴァラードの日焼けした肌と濃い色の髪を引き立たせ、それを着ると一介の傭兵風情というより、なるほど立派な貴族の若殿に見えた。
 一張羅を譲らざるを得なかった甥の思惑はさておき、姫君たちは先を争って彼の近くに席を占めようとした。が、あらたな皇帝の間近く侍る栄誉はまず侯爵夫妻に与えられ、エヴァラードの左右は着飾った伯爵と伯爵夫人がぴったりくっついていた。
 贅を尽くした料理の並ぶ長卓がしつらえられたひな壇の上に、イレーンの姿はない。一応末席にかの女の席ももうけられていたのだが、昼間陽に当たりすぎたようで気分がすぐれないので――という理由で中座したのだった。
 エヴァラードも新妻の具合が気がかりではあったが、伯爵夫妻やその他大勢の招待客に押しかけられとりかこまれ、彼にできることといえばかの女のために部屋を用意するよう、伯爵の侍従に命じることくらいであった。

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小編〔過去編〕(52)

小編

「何のお話ですの……?」
 忠実な家令を揺さぶったのはエヴァラードの手と、やわらかな声であった。皆静まりかえり聞き耳を立てている競技場と、使者のただならぬ様子にイレーンが下りてきたのだった。
「……殿下、この女性は?」
「……俺の妻だ」
「――なんと! いつのまにご結婚なさったのでございますか」
 もう若くない従者はイレーンの差し出した水の杯を押し頂くようにして飲み、己がここに至るまでの経緯をかいつまんで述べた。
「……あなたは貧しい家柄の三番目の男子だと、仰ったのではありませんか、エヴァラード」
「貧しいだなどと、滅相もない!」
 使者は目をむいて両手をふった。
「高貴も高貴、由緒ある選帝候家の一、デュヴァル侯爵家のお血筋にして、望めば帝国のあらゆる金銀財宝をその御足下に積むことのできるおかたでいらっしゃいますぞ!」
「……だがその地位も、何もかも、昨日までは俺のものではなかった」どこか苦々しげな口調。
「オトリック御兄君には衷心よりお悔やみ申し上げまする。ですがいまとなりましては殿下、殿下おひとりが正統な後継者であらせられますれば」
 そこへようやく、事情を承知した領主グラン伯の紋章官らが追いついて来、
「今日ここに集いし者たちよ、光栄に思うがよい! 我らはこの広大なる帝国の何処〔どこ〕よりも早く、あらたな皇帝陛下に御幸を賜ったのだ! 唯一にして偉大なるディトゥールとその御子にして王のなかの王、皇帝陛下とその帝国に栄光あれ!」
 兵士は喇叭〔らっぱ〕を高らかに吹き鳴らし、騎士の身分にある者は己の剣を抜いて高々と掲げた。競技場の一画に突如として出現した剣の林が陽の光を四方に反射し、わけのわからずにいる人々の耳目を集めた。
「何だ何だ、今度ァ一体どんな見世物が始まるっていうんだ」
「どうやらあたらしい王さまが決まったらしいよ、都の」
 競技場に近いほうにいる客が教えてやる。
「何だって、じゃァ今回はうちの殿さまの番じゃなかったのか。で、どこの誰なんだい?」
「ほら、あそこの黒髪の騎士さまらしいよ」
「ひええ、これからどえらい王さまになろうってお人が、どうしてトーナメントなんかに参加しているんだろうねえ! まあ何にしてもめでたいことだがね……」
 最初〔はじめ〕の、とまどったようなざわめきは、騎士たちを中心として、石を投じた水面〔みなも〕に広がる波紋のように広がってゆき、その声は次第に歓呼へと変わっていった。
「あたらしい皇帝陛下、万歳!」
「帝国に栄えあれ!」
 びりびりと鼓膜をふるわす歓声に、その声を身に受ける資格のあるただひとりの男だけは、栄誉に似合わぬこわばった表情〔かお〕で、妻と顔を見合わせているのだった。
 そのとき、うしろで何か重いものが倒れ込む音がした。
「……無理もありませんな、今の今まで剣を交えていた相手が皇帝陛下その人と知れれば」
 大男が砂地に伸びているのを見、ライムントが感に堪えぬ様子で言った。
「誰かこいつを涼しいところへ運んでやってくれ」エヴァラードが言った。「熱射病だ。分厚い鎧を着てあれだけ動き回れば、誰だってこうなるさ」

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プロフィール

吉村杏

Author:吉村杏
6才の頃からファンタジー好きで、12才の時にミリタリーにもハマりました。ミリタリーはYahoo!に置いてきて(笑)、こっちではファンタジー一本でいこうかと。

更新は基本的に週末の土日、執筆ペースが追いつかない場合は不定期です(笑)。反対に追いついた場合は週の中日にupすることもあります。気長におつきあいください。

ちなみに、ブログタイトルは小説のタイトルではありませんのであしからず…。

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