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Saloon of Adventurers

剣と魔法のファンタジー世界における権謀術数を描くオリジナル小説

小編〔過去編〕(37)

小編

籠を抱えてやって来た物売りの少年から葡萄酒を二杯と焼肉を挟んだパンを買い、ふたりは昼食をすませた。
 幸い、宿はすぐに見つかった。中央広場からは離れた小ぢんまりした三階建てで、亭主に先立たれた女将がひとりで切り盛りしているという。
 十日ぶりにようやく屋根の下に腰をおちつけると、寝台の上で彼はこわばった体をうんと伸ばした。あらゆる関節がぽきぽき音を立て、鎧の継ぎ目からはこまかな砂が落ちてきた。
「夕飯までまだ間がある。俺は風呂へ行ってくる。きみもさっぱりしたらいい」
 野宿続きでさえ、エルフの娘は鋳造したての銀貨のようにぴかぴかしていたのだが、彼は言った。
「湯で体を清めますの、ドワーフ族でもありませんのに? 水で十分ではありませんか」
 イレーンは首をかしげつつついていった。
 女の入浴の長いのはわかりきっていたが、半刻たっても出てこない妻を、やきもきしながら風呂屋の前で待っていると、ようやく、頬を上気させたイレーンが出てきた。
「想像していたのよりすばらしかったですわ! はじめは、あれほどもうもうと湯気の立つ桶に入るなどどうかと思ったのですけれど」
 新品の銀貨のようだった妻はさらに磨き上げられ、百合の花弁の肌と熟れた苺の唇の生ける女神に変貌していた。まだ濡れたままの髪はゆるく結ばれ、借り物の石鹸の香りがかすかに鼻腔をくすぐる……彼は欲望に口がきけなくなった。
「みなさまとても良いかたで、親切にしてくださいましたの。言葉はよくわからなかったのですけれど、湯上りに冷たいお水をすすめて下さったり……」
(くそ……智恵の女神〔アストリッド〕の使い女〔め〕じゃない……カルミアの……ああ、偉大なるディトゥールよ、我に岩のごとき自制心を与えたまえ……今すぐに!)
 婚姻の誓いを立てたとはいえ、旅のあいだじゅう、彼は彼女に指一本触れてはいなかった。野外でというのがはばかられたのはむろんのこと、今でさえ、当然の欲求を解放できぬ理由があった。激しい戦闘を前に精力を消耗するような行為に及ぶのは戦士として避けるべき必要のあったためである。
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小編〔過去編〕(36)

小編

「あのかたはご自分の扱っているものが、己の口にしたとおりのものであると承知していたのでしょうか?」
「まあまちがいなく知っていたと思うね。俺は宝石にはくわしくないが、ドワーフ族の採掘する宝石は目の玉の飛び出るくらい高価だ。くず石だってそれなりの値段だ、とてもこんなところに出回るようなしろものじゃあない」
「ではなぜあなたはあのかたの誤りを指摘なさらなかったのです?」
 エルフの姫の眉がかすかにきつくなった。こころなしか花の顔〔かんばせ〕に雲がかかってきたよう。
「真実は宝石よりも貴く、無知は毒を含んだ水よりも心体を蝕〔むしば〕むのですよ」
「うーむ……」エヴァラードは頭を掻いた。
「つまりだな……あの男と俺は、品物が言ったとおりのものでないと互いに分かっていたんだ。で、俺はすきをみてそれを指摘しようと思っていたんだが、きみが先に言い出してくれたので、結果的に、考えていたとおり安く品物を手に入れることができたというわけさ。最初から仕組まれていたことだったんだよ。少なくともあの男と俺のあいだでは、嘘はついていない」
「……それが人間界〔こちら〕でのやりかたですの? 真実を口にせぬことが」
「まあ……そうだな、時と場合によるけれども」
 妖精の妻は黙り込んだ。エヴァラードはひどくばつの悪い思いで、緑のフードに隠された顔を覗き込んだ。
「すまない……のっけから失望させてしまったか」
 かの女はかぶりをふった。
「アリオンも……同じような経験をなさったのかもしれないと思ったのですわ……それも、あなたのような先導なしに」
 屋台村の向かいには小川が流れ、競技会の開催を待つ人々が岸辺のあちらこちらに腰をおろしていた。
 屋台で買ってきた串焼きを頬張る家族連れもいれば、婦人連れの豪商らしき一団は樹冠を日傘代わりに陣取る。
 ふたりも強くなる日差しを避け、柳の木の下に腰をおちつけた。水面〔みなも〕をわたるそよ風が、無数の鈴が吊るされているかのように、柳の葉をさやさやと鳴らす。
「どのようにすればよろしいの?」
 髪飾りを手にしたイレーンが問う。
「さあ……侍女のひとりでもいればいいのだが、俺は女の髪結いなどには詳しくないからなあ……ああ、ほら、ああいうふうにすれば良いのではないかな」
 困ってあたりを見回した先に、町家の御内儀らしき女たちが、それぞれ小間使いなど連れて見物に来ているのが見えた。うすものですっぽりと頭を覆い真珠の留め金で留めつけているもの、両のこめかみのあたりへ大きく張り出して結ってあるもの、塔のように高く結い上げ、華やかな簪や花を挿しているもの……。
 イレーンはフードをとった。かくされていた金の髪がふわりとひろがり、木漏れ日にあわせてきらきらと踊る。
(これほどきれいなものを窮屈な帽子だのフードだのに押し込めてしまうなんて、慣習なんぞ糞食らえだ!)
 とエヴァラードはあやうく口にしそうになった――あるいは思わず漏れていたのかもしれぬ。イレーンは謎めいた微笑みをうかべると、細い声で歌うようになにごとかをつぶやいた。
 かの女の周囲(まわり)でちいさなつむじ風の起こるのがわかった。しかし絹糸よりもなお細い髪は乱れるどころか、ひとりでによりあわされ、あれよあれよというまにしとやかな編み込みに編みあがった。
仕上げにうしろへ留めつけられた髪飾りは、そうしてみるとほんもののアネモネの花かと思えるほどで、
「女王の冠だ!」
 エヴァラードは思わず新妻の細腰を抱き上げた。

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小編〔過去編〕(35)

小編

「あら、これは藍玉〔アクアマリン〕ではありませんわ」
 無邪気ともいえる口調であったが、店主の怒りに火をつけるのは乾いた柴よりも容易〔たやす〕かった。
「でたらめ言うんじゃないよ、姐〔ねえ〕さん! こっちァ苦労して運んできてるんだ、商売の邪魔しようってンなら、どっか他所〔よそ〕でやってくれな!」
「嘘ではありません、精霊の息吹が感じられませんもの。青色の硝子〔がらす〕玉なのでしょう」
「まだ言うのかい! こんな人目のあるところで商売ものにけちつけようってんだから、あんたも面〔ツラ〕ァ隠してないで――」
 エヴァラードの止めに入るより先にイレーンが顔をあげ、店主の顔を正面から見つめた。
 とたんに男の目はまん丸に見開かれ、言うべき言葉を失った口は顎が胸につくほどあんぐり開いた。
「違いますか?」
「ええ……あの……こちらの勘違いだったのかもしれませんねェ……お嬢さん」
 体が粘土にでもなったかのように主はぐにゃぐにゃになり、しどろもどろ、目は宙を泳いだ。
「ところでご主人、あいにくと、俺は銀貨一枚しか持ち合わせがないのだが」
 すかさずエヴァラードが口を挟む。
 金の話に、リーンサルの商人はなんとか耳だけうつし世に引き戻されたようで、
「けちくさいこと言わずに、旦那、こんな美しいお嬢さんに買ってやりなさるんなら、あたしゃ、金貨二十枚だって惜しくありませんよ!」
「そうしたいのは山々なんだが。なにせトーナメントの出場前なのでね。稼いだらまた寄らせてもらうよ」
 常ならば客の口約束など一銭にもならぬとはねつけていたろう。だがその口から出てきたのは、
「――ええ、もう、仕様がないな! お好みのものはどれだい?!」
 エヴァラードはイレーンがアクアマリンではないと見顕〔みあらわ〕したにもかかわらず、その瞳の色によく合うアネモネの飾りを取った。
「旦那、そのお嬢さんのためにも、きっと勝ちあがって下さいよ! さもなけりゃ差額を請求しに行きますからね!」
 なかばやけくそのような店主の声がうしろから追ってきた。

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小編〔過去編〕(34)

小編

町なかではたいてい、同業をいとなむ商人や職人はかたまって店や工房を持つ。露天商たちもそれは同じようで、いくつか屋台をひやかして歩いてゆくと、やがてお目当ての店は見つかった。
 食べものの屋台より一段と華やかな店先だ――扱う品物はもとより、それを目当てにやってくるお客のほとんどが、花の盛りの娘たちであるからだ。
「お嬢さん、これなんかどう、ナヴァールの藍染めだ、あんたのその茶色い髪がうんと引き立つよ!」
 農婦らしい木靴の娘は赤く頬を染め、胸元に押しつけられた蒼い布をそっと広げてみる。
「奥さん、ご覧なさい、ご領主様の宮廷でもご用達の白粉〔おしろい〕! これをひと塗りすればしみも黒子〔ほくろ〕も一瞬で消えるよ! まずはお試しあれ!」
 侍女を連れた商家の女将〔おかみ〕らが新商品とふれこみの化粧品を真剣なまなざしでためつすがめつする。
 稼ぎ時に売り手の熱が入るが買い手のほうも、
「先刻〔さっき〕とおったあちらの店のほうが安かったわ」だの、「この色少し派手すぎやしない?」だのかしましい。
 かと思えば、二十も年の離れているらしい若妻が心配でついてきた亭主が、
「ねえおまえ、もういい加減にしたらどうだい……さっきから同じところをぐるぐる回っているじゃあないか。どれを見ても一緒だろう……」と哀れにも思案投げ首。
 しかし妻は陳列台から目を離さず、
「だってあなた、明日〔あす〕は従姉妹〔いとこ〕たちもうんと着飾ってやって来るんですから、わたしだけみすぼらしい格好をしていたら、あすこのご亭主は髪飾りのひとつも買ってやれないのじゃないかって、あなたが恥ずかしい思いをなさる羽目になるんですからね」
 売り手の掛け声はますます威勢を増してゆく。
「――さあさ、そこの別嬪さん、想い人をふりむかせたいお兄さん、見ておいで! こいつはきれいな細工だよ、どうだいこの繊細な彫りの線、宝石〔いし〕は北から岩妖精〔ドワーフ〕が掘り出した藍玉〔アクアマリン〕だ。どうだい、恋人の瞳みたいに澄んだ青だろう……」
「どれ」
 エヴァラードが覗き込む。
「どうです旦那、お連れの別嬪さんに買ってやっちゃあ。これが帝国銀貨二枚だよ」
 それは三輪の一花草〔アネモネ〕がつらなる髪飾りであった。それぞれ、八方に重なる花弁めいた萼〔がく〕を薄青の鋼玉でかたどり、まんなかの、ちいさな火花のような花芯は黒ずんだ銀線でつくられている。春の花がそのまま凍りついたような澄んだ色あい。
「どうだい、きみの気に入るものがあるといいが」

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小編〔過去編〕(33)

小編

日が高く昇っても、人の列はまだ途切れる気配をみせぬ。四つある門のいずれもが同じような状況なのであろう。おさまりきれぬ人々が城壁をぐるりととり囲んでいる――かのように思われたが、実際はそうではなかった。黒山の人だかりができているのは、遠くからつめかけた見物人を相手に、こちらも商売をしようとやって来た行商人たちの露店であった。
彼はイレーンをつれ列からはずれると、そのまま城壁のまわりをぶらぶら歩き出した。
「これで当座の金を得る手段は整った」
「いま、あなたがお金、を、払いましたのに?」
「欲しいものを手に入れるには、先に払わなけりゃならないときもあるのさ。残るは宿の工面だけだが、そうだな……いつまでもフードをかぶっているわけにもいかないし、きみのその髪をどうにかしたほうがいい。その……カルミアの神殿巫女のようだと勘違いされるといけないからね」
「カルミアの、何ですって?」
 可愛らしく小首をかしげて尋ねる。
「だから……愛の女神の館にいる女性たちだよ。春を売っている」
「どうやって春を売りますの?」
「どうやってって……なあ、おい、まさかこんなところで説明させようっていうんじゃないだろうね。そんなことは、夜、ふたりきりになってからするもので――」
「なぜいけませんの? とってもすてきなことじゃありませんか」
「そりゃたしかにすてきなことだが――」
「春を売るなんて、誰にもできることではありませんわね」
「そう、誰にもできることじゃあない。だから特にきみのように若くて美しい女性は――」
「かの女たちはきっと特別な力を持っているのでしょうね。そのような魔法〔しわざ〕、アストリッド様だってたぶんご存知ないでしょうから」
「ああ、たしかに彼女たちは特別なわざを――何だって、アストリッド様もご存知ない?」
「ええ」森妖精の新妻はにっこりした。「わたくしも学んでみたいものです、春を売る魔法〔わざ〕を」
 彼は驚いて叫んだ「まさか――娼婦を知らないのか?」
「はじめて耳にする言葉ですわ。それが、春を売っている女性たちの呼び名ですの?」
「…………」彼は頭を抱えた。
 どうやらこの年ふりた貴婦人には、彼のほうでも教えられることがたくさんありそうだった。

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プロフィール

吉村杏

Author:吉村杏
6才の頃からファンタジー好きで、12才の時にミリタリーにもハマりました。ミリタリーはYahoo!に置いてきて(笑)、こっちではファンタジー一本でいこうかと。

更新は基本的に週末の土日、執筆ペースが追いつかない場合は不定期です(笑)。反対に追いついた場合は週の中日にupすることもあります。気長におつきあいください。

ちなみに、ブログタイトルは小説のタイトルではありませんのであしからず…。

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