FC2ブログ

第十二章

第十二章(17)

 ←第十二章(16) →第十二章(18)
ふたりはぴたりと口をつぐんだ。
 先刻までのかけあいとは裏腹に、マリウスはにやにやしており、親衛騎士団副団長はといえば、ほとんど表情らしい表情をうかべてはいなかった。
「貴公には要らぬ苦労をかける」
 ガラテアは涼しげな眉のあいだをわずかにくもらせた。が、それもうすい雲が風に吹き払われるかのように、口許に刷いた微苦笑にかき消された。それに、うっとりみとれているマリウスはともかく、慎み深く頭を下げているサイフェルト本人の目には入っていなかった。
「……いえ陛下のおそば近くに控えておりながら、そのお出〔い〕でにも気付かずにいたのは、全く私めの不徳の致す所」
 謙遜でも何でもなくサイフェルトは言った。事実、「あれは己が連れ出したのだ、彼らは非番なのだから大目にみてやってくれ」と言う皇帝に対し、この副団長は五名の近衛騎士を三日間の禁足処分としたうえ、自身を三度続けての宿直〔とのい〕につけたのだった。
 近衛騎士〈黒竜騎士〉団はその名のとおり皇帝直属であるのだから、騎士団副団長が軍政部の長に頭を下げるいわれはなかった。とはいえ、表向きはどうあれガラテアは皇帝の姉であり、やんちゃでどうしようもない弟を心配する年上のきょうだいの心境はサイフェルトにも覚えがあった。もっとも、長兄以下彼を含む六人の兄弟たちはいずれも立派に生い立ち、なかにはすでに家庭をもうけている者もいたのだが。
「その、こたびは相手が非力かつ事情を知らぬ様子の女性〔にょしょう〕であったからよかったものの、この先万が一にも陛下の御身に害の及ぶようなことがあるやもと危惧しております次第」
「そりゃ、二の郭のほうが居所も知れるし、護りやすいとは思うけれどね。女の子たちももののわかった子たちばかりだし。だけど陛下の好みじゃないんだよ」
「しかし陛下は私が控えて居るときには、けしてあのような場所にはお出でになられない」
「なんだいサイフェルト、“愛の女神の館”に行きたいのかい、喜んで案内してあげるよ」
「さような意味で申し上げたのではございませぬ、ランドローヴァル侯爵閣下」
 れっきとした辺境伯の次男であるサイフェルト・トゥラムバールは眉ひとつ動かさずに言った。
 宮廷広しといえども、この男がまともに口がきけるのは、目の前の軍師長か己の母親だけだともっぱらの評判であった。“かようなところ”に足を踏み入れたが最後、卒倒してしまうであろう……。
関連記事
スポンサーサイト


もくじ  3kaku_s_L.png INFORMATION
もくじ  3kaku_s_L.png 第一章
もくじ  3kaku_s_L.png 第二章
もくじ  3kaku_s_L.png 第三章
もくじ  3kaku_s_L.png 第四章
もくじ  3kaku_s_L.png 第五章
もくじ  3kaku_s_L.png 第六章
もくじ  3kaku_s_L.png 第七章
もくじ  3kaku_s_L.png 第八章
もくじ  3kaku_s_L.png 第九章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十一章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十二章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十三章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十四章
もくじ  3kaku_s_L.png 小編
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
もくじ  3kaku_s_L.png 雑記
  • 【第十二章(16)】へ
  • 【第十二章(18)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第十二章(16)】へ
  • 【第十二章(18)】へ

INDEX ▼