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第十二章

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「……正直なところを申しますと、あの御方は私には理解不能です」
 マリウスの背が扉の向こうに消えると、生真面目な近衛騎士は心情を吐露した。
「あちらこちらでお見かけするものの、けしてひとつところには留まらず……。失礼ながら、まるで糸の切れた凧のような……」
「糸の切れた凧だとしても、高所から見ればよく見えるものもあるのだろう」
 とまれこうまれ、いかにも場違いな人物が去ってしまうと、軍師長と近衛騎士団副団長とのあいだの空気はたちまちきわめて事務的なものになった。
「閣下におかれましてはすでにお調べのついているものかと存じますが」
「昨今、カルノーの地を騒がせているという旅僧のことか?」
 話の早いのにサイフェルトはうなずいた。
「団長の命〔めい〕により、ヴェルメイユの御領林、小宮殿とその周辺を見回って参った者の報告では、近隣の宿場町や村人たちのなかにはいささかの賛同の意を表する者があったものの、表立っての騒動とはなっておらぬ由〔よし〕。逆に、世迷い言〔ごと〕を言いふらしたとして官吏に捕らえられ、あるいは住民に追い払われた者もあるとのこと」
「彼らの言動はたしかに不穏だが、これまでのところ住人との小競り合いは起きてはいなかった、だろう?」
「さようです」
「それで――〈黒竜騎士団〉としては今後の警護計画を如何にお考えでいる?」
 これまでどおり隊を四つに分け、うちの一隊を予備にまわし残るを三交代で任につかせるほか、――これは騎士団長イルス・エヴァン卿のたっての意向で陛下には秘しているのだけれども――それらとはべつに、団員のなかでも特に隠密行動に向いていると思われる者を選び、別動隊とするつもりだ、という。
 というのも、親衛騎士はその性質上、武芸の腕のみで選ばれるのではない。家柄、忠誠はむろんのこと、つねに皇帝のそば近くあってとかく人の目に触れやすいことから、みばのよいのも選考の一環となっている。目立つのがつねの彼らに、人目につかぬよう行動せよというのもなかなかにむずかしいところである。
「しかしなにしろ神出鬼没の陛下のお出ましに我らが応ずるとなりますと、先手を打っておくのが上策かと存じますれば」
 ガラテアはちょっと考え込むふうで、さきほどマリウスの置いていった革張りの紙挟みの上にほっそりと白い右手をすべらせた。
 これはサイフェルトはあずかり知らぬことであったが、身のうちにエルフの血を弟よりも色濃くひくこの娘は、細剣〔レイピア〕の稽古を欠かさず、腕前は並みの騎士に遅れはとらぬといえど、その繊手に剣胼胝〔たこ〕のできたためしはなかった。
「ああ――そう、だな……。さしあたってはそれでよいと思う。それで、この件は、すでに陛下には?」
「……団長殿がご説明申し上げているところと存じますが」
 サイフェルトは一寸言いにくそうに間〔ま〕をおいた。
「まったく……。いちどは諾〔うん〕と言っても、あまり大勢にやいのやいのと言われては息も詰まるとまた逃げ出しかねぬな。エヴァン殿には申し訳ないが、あの子――陛下はとんでもないへそまがりというわけでは、けしてないのだけれどね。……しかし、このような……大公国の動きにも目を配らねばならぬときだというのに」
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