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第十二章

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「あなたって本当に、面白いかたねえ!」
 ちゃんと最後まで弾き終えて、飼い主に撫でてもらうのを期待する猫のようにすまして戻ってきた情人を、奥方はふたたび胸に抱きとめてやった。あまり笑いすぎたので、やわらかなその白い枕は、波に揉まれる小舟のように揺れた。
「わかったわ――じゃああなたを国許〔くにもと〕へお呼びするのはやめにしましょう。でもお手紙はくれるわね? 都でのことを思い出させてくれるようなものをよ」
「あなたが僕のことを忘れずにいてくださるような熱いものをね?」


 さすがに表玄関から堂々と出てゆくわけにもいかなかったので、マリウスは夫人の小間使いに先導されて通用門から出た。夫人の乳母の姪だというその小間使いはこれまでふたりの逢瀬をとりもってもくれ、また今後のやりとりについても他言の心配は無用と伯爵夫人は言ったのだった。
「おや、だんな様、お早いお戻りで」
 ランドローヴァル侯爵家の御者は、決められた区画ごとに設けてある辻馬車屋の待合で、ほかの御者たちと賽子〔さいころ〕賭博に興じていた。
「待たせたね」マリウスはあくびを噛み殺した。
 はじめて侯爵家に仕える者ならきっと首をかしげてしまうのが、「ご主人様はいつどこで着替えをされたのだろう?」ということで、このときマリウスは宮廷に伺候していたときより格下の、少々織りの粗い、水色の丈の短い上衣〔うわぎ〕を羽織り、襟元にはしおれた紅い雛罌粟〔ひなげし〕を一輪挿していた。
 馬車には侯爵家の紋章もついておらず、三人座るのがやっとのちいさなものであった。
「このあと、どちらへ?」御者が尋ねる。
「今日はもう家に帰るよ」
「さようで」
 もうすぐ満月にならんとしているころで、松明持ちがいなくとも十分に明るい。なめらかな石畳の上を、小気味良い音を立てて馬車馬が走り出す。
 中身は意外とクッションのきいている座席に体をあずけ、しかし、マリウスは最前の眠そうな様子が嘘のように、頬杖をついて考え込むそぶりをみせた。
(アールミン伯が騎士団員募集のトーナメントを、どうして、いまごろ? あすこは先般の派兵には人員を割〔さ〕いていないはずだし、主〔あるじ〕だって昨今は宮廷で地位を得るのに汲々としていた……。宰相側に取り入るにしたとしても、もう少し官僚的なやりかたのほうが好みかと思っていたんだけどなあ……ま、いずれにしても、お手紙は欠かさないようにしなくちゃ……)
 そして今度こそ大あくびをひとつする。
 夜会帰りとおぼしき馬車や輿のゆきかう大通りを、マリウスを乗せた馬車は都の北東へ向かって進んでゆくのであった。
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