FC2ブログ

第十二章

第十二章(24)

 ←第十二章(23) →第十二章(25)
 四阿の卓の上には月の光を透かす玻璃の杯に白葡萄酒が注がれてあり、涼しげな水晶の器には小海老のゼリー寄せに薄荷〔はっか〕を添えたものが供されたところであった。
 人数といい場所柄といい、月を愛で、美味佳肴を愉しむくらいしか用のないありさまである。若さにまかせて夜どおし踊りあかすといった催しは、もはや彼らとは縁遠い。代わりにこうして、若輩者にはまだ理解の及ばぬ風雅な遊びにふけるためのささやかな席を設けるのであった。
 宰相候ブラキストン侯爵は少し遅れて、月が中天にさしかかるころに現われた。
 時節柄、やや薄手ながら深みのある藍色の上衣に、今宵の月を印象づけるかのような、光の加減できらきらと輝いてみえる真珠色の幅広の飾り帯を締めている。脚衣も上衣と同系色で、ブラウスだけが染みひとつない乳白色であるため、襟や胸元の銀糸の刺繍と相まって、夜の空気のなかで彼の端正な面立ちがくっきり際立っていた。
「歓談の邪魔をしてしまいましたかな」
 ひとつだけ空いていた上座の椅子に案内されると、グラシャス・ブラキストン侯爵は重みのある声で言った。
「とんでもない。皆あなたのおいでをお待ちしていたところ」
 屋敷の主の応〔いら〕えに、ほかの招待客らが和す。
 実のところ今夜の宴の真の主催者はブラキストン侯爵そのひとであった。
 幾度か特定の選帝候家から皇女が降嫁しているとはいえ、そのときどきで選ばれた皇帝に等しく仕える身であるブラキストン侯爵家は、招かれればあらゆる社交の会に出席し、また会を催せばいずれの門閥に属する貴族をも招かねばならず、つまりは表立って贔屓贔屓〔ひいきびいき〕のできぬ立場にある。そこで己が招かれたかたちにして、ほかの出席者へ意を致さんとしたのであった。
 ややあって従僕があたらしい酒を運んで来、一同はあらためて乾杯した。一度目は皇帝の栄華を祝して、二度目は宰相候の健勝を祈念するものであったが、こころなしかあとのほうが気合が入っていたように感じられた。
「今宵はお招きの礼に、皆様がたにちと珍しいものをお目にかけようと思いまして、ここへ持って参った次第」
 グラシャスはすみに控えていた己の従僕を呼び、たずさえていた箱を卓に置かせた。箱ひとつとっても宰相候の持ちものとあって、継ぎ目のわからぬくらいぴったり合わさった黒檀の蓋と箱は、見たこともない大きな花弁の南国の花の浮彫に埋めつくされ、八つの角には葉を模した金の飾り金〔がね〕が鈍い光を放っているという凝ったものである。
関連記事
スポンサーサイト


もくじ  3kaku_s_L.png INFORMATION
もくじ  3kaku_s_L.png 第一章
もくじ  3kaku_s_L.png 第二章
もくじ  3kaku_s_L.png 第三章
もくじ  3kaku_s_L.png 第四章
もくじ  3kaku_s_L.png 第五章
もくじ  3kaku_s_L.png 第六章
もくじ  3kaku_s_L.png 第七章
もくじ  3kaku_s_L.png 第八章
もくじ  3kaku_s_L.png 第九章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十一章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十二章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十三章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十四章
もくじ  3kaku_s_L.png 小編
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
もくじ  3kaku_s_L.png 雑記
  • 【第十二章(23)】へ
  • 【第十二章(25)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第十二章(23)】へ
  • 【第十二章(25)】へ

INDEX ▼