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第十三章

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翌朝、イルス・エヴァン近衛騎士団長は靴音も高く皇帝の室〔へや〕へ現われた。
 灰色のものが混じりはじめた髪を短くととのえ、柔和ななかにもするどさを秘めた灰青色の双眸のわきには、笑いじわに似たこまかなしわが刻まれている。
 黒地に銀糸で〈後肢で立ち上がる竜〉を縫いとった制服に包まれた体躯は、肩幅は広いがすっきりと細身で、戦場で突撃する騎士というより剣士に近い。
「陛下には大変な一夜をお過ごしのことと、お見舞い申し上げます」
 ウルバインの目の赤いのを見てとって、エヴァンは言った。
「ああ……昨夜〔ゆうべ〕は、其方〔そちら〕は無事だったのか」
「それがしのほうは、この年ともなれば耳元で進軍喇叭〔らっぱ〕でも吹き鳴らされぬ限り、目の覚めませぬもので」
 真面目一辺倒の副団長と異なり、近衛の長は軽妙洒脱な応答〔うけこたえ〕の許される男であった。侯爵オルウェによる皇帝暗殺未遂事件により前任が更迭されたためにいまの地位に昇ったが、父皇帝の在位中から、その息子を見知っている。
「ともあれ……二の郭はまだよいとしても、三の郭側には何十名か、逃げ遅れたかして焼け死んだ者が出ておるとか。あのあたりは人家も建て込んでおりますからな」
「神託の……話は聞いているだろう」
「陛下が賜ったというあれですな。むろんです――町なかではあれこれと噂されておるようですが、下々の者は無責任ですからな。何とでも言えましょう。〈霧が丘〉の神官騎士も、またずいぶんといじけた連中ですな」
 灰色まだらの口髭を撫でて言う。
「――エヴァン、近衛の部隊編成を考えてもらいたい」
「陛下のご命令とあらば。――しかし、よろしければお聞かせ願えぬでしょうか、何故〔なにゆえ〕でございますかな」
「〈霧が丘〉がか――あるいは本当に雷帝が託宣を垂れ賜ったのか、己には分からん。だがこの天変地異が本当に己のせいでないと証明することもできん以上、己は神託に従うほかない」
「……本当に、その気のふれた坊主どものせいならば、一件落着でございますからな」
 団長の口調からは明朗さが消えていた。
「だがこれは戦〔いくさ〕ではない。相手は丸腰で、おまけに坊主だ。剣を向けられぬという者も出るだろう」
「我らはいついかなるときでも陛下に従う所存」
「――違う、エヴァン」ウルバインは強くかぶりをふった。
「己は彼らに人殺しをさせたいわけではない。そなただってそうだろう。これは己に――皇帝に忠誠を誓うとかいう話ではない。皇帝に剣を捧げる前に、騎士として誓ったはずだ――」
 ふたりの騎士は互いに目を澄ませた。
「……だから、そういう者が出ても、咎めるつもりはない。これは己の責めだ。それを先に言っておきたかったのだ。そなたのほうで、それでもいいという者を――もし皆が嫌だと言ってもそれは」
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