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第十三章

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カルノーの地へ至るには、渓谷を通らねばならぬ。皇帝の御領林の南端で、道の両側には雑木林が広がる。
 先導に続いて木立のなかへ馬を進めると、時節柄、いつになくひんやりとした空気が駈足で汗ばんだ人馬の首筋を撫でた。馬が気持ちよさげに鼻を鳴らす。
 一行は少し足をゆるめた。
 いつもは縦横に鹿を追う森である。しかし、いまだ人へのおそれを知らず、好奇心旺盛な黒い瞳でこちらをうかがう仔鹿の姿もなく、木立をにぎわす啄木鳥〔きつつき〕ののみの音も絶えて無い。誰かがくしゃみでもしようものなら、四里四方に響き渡るほどの静けさであった。
 昼なお暗い樹下〔このした〕には梢から露がしたたり、騎士たちのサーコートに染みをつくり、鎖帷子のすきまからその背を濡らした。
 連日の雨で、踏み固められた道もいまはぬかるみ、馬が少し深い水溜りに脚を突っ込むたび、拍車の高さまで泥水が跳ね上がった。
 およそ一日がかりでここを抜けたのちに、森のなかほど、少しひらけた場所に建てられた狩小屋で小休止することとなっている。
「また降り出しそうだな」
 いちだんと濃いみどりの匂いを、半妖精の皇帝は嗅ぎとった。ゆく手の木立にはうっすらともやがかかっている。乳白色のヴェールのなかを、まるで泳ぐように彼らは駆けてゆくのだった。
「急がせますか」
「そうだな……いや、この先は片側が崖だ。こう足場が悪くては、足を滑らせる馬が出るかもしれん」
 駆けどおしのためと、ひんやりとしたもやのせいで、馬首も、馬衣もしっとり濡れている。馬の吐く息もこころなしか白い。
「あと半里行ったら小休止だ」
「御意〔かしこまりました〕
 葉擦れのように前後に指示が伝わってゆく。
 荷車が一台通るのがやっとというほどの崖道は、右へ左へとゆるやかにうねりながらもやのなかへと消えている。片側は道の際〔きわ〕まで木々がせり出し、反対側は急に落ち込み、その下は緑の海が一面に広がる。
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