第十三章

第十三章(30)

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森のなかの狩小屋にたどりついたときには、日はとっぷりと暮れていた。
 ヴェルメイユの狩小屋は、小屋といっても茅葺き板敷きの粗末なものではない。狩猟をことのほか好んだ六代前の皇帝が、雨をしのぐ場所として森番の小屋を接収して以後、歴代の皇帝が都度改築と改装を重ね、いまでは青々とした芝生の広がる前庭があり、何十頭もの猟犬や馬を休ませる厩舎に加え、東西に二翼を抱えた二階建ての小宮殿へと変貌を遂げていた。
 むろん、人手もととのっている。遺されたわずかな人員と馬はすべてそこへ収容された。
 出迎えの松明に照らされた皇帝の顔〔かんばせ〕は、乾いた泥のあいだから幽霊のごとき白さをみせていた。
 早速、皇帝は寝間へ運ばれ、待機していた医師が呼ばれた。
 慎重に泥を洗い落とされ拭き清められるあいだも、皇帝は目を覚まさなかった。なお悪いことに、泥汚れと区別のつかなかった右脚は、汚れを落としてみると、岩ででも切ったのか、ふくらはぎがざっくり裂けていた。
 創〔きず〕が縫合され包帯が巻かれると、ようやく皇帝はうめき声をあげた。
「――陛下、皇帝陛下! お気がつかれましたか?」
 医者が呼びかける。
「……誰だ、己を、皇帝だなんぞと呼ぶ奴は……」
「おお……!」
 皇帝の躯〔からだ〕は慎重な上にも慎重に上階へ運ばれ、四柱式寝台の清潔な敷布の上に横たえられた。
 天蓋がおろされ、カーテンが閉められ、御体に障ってはならじと扉には鍵がかけられた。
 暖炉の上の剥製の鹿の頭が、黒い硝子玉の瞳〔め〕でじっと皇帝を見下ろす。
 窓の外では梟〔ふくろう〕が鳴きはじめた。
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