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小編

小編〔過去編〕(17)

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 梢のあいまからのぞく月がわずかに西にかたむき、夜のちいさな生きものたちはこの宴の席により近づこうと、あちこちで葉や羽をさらさらと鳴らした。
 梟がほうとひと声鳴いて飛びすぎると、アリオンは羽根帽子をとり立ち上がった。
「そろそろ暇乞いをせねば」
「どこへ帰ろうというんです、こんな暗いなかを?」
 エヴァラードの驚きに、森妖精の青年は皮肉めいて片眉をあげてみせたのみであった。
「――やれやれ、嫌な奴だ」
 ようやく発することのできた本心は帝国共用語であったし、とうの相手が木立のくらがりへ溶けたあとであったため、女主人の耳をひきつけることはなかった。
「どうやら俺は、あなたのいとこ殿のお眼鏡にはかなわなかったようですね」
「まあ、どうしてですの? でしたら、少し、アリオンの心配が過ぎたのかもしれませんわ。彼はわたくしのことを気にかけて下さっているのです。いつもはこの泉のほとりを訪れるのは、羊飼いや薬草摘みの娘たちしかおりませんから」
「そうですね。俺だって、あなたのような女性〔かた〕の許〔もと〕に狼が現れたら、彼の態度も尤〔もっと〕もだと思うでしょう」
「狼はわたくしに何の悪さもしませんけれど?」
「……俺の言わんとしていることはつまり、彼が俺のことを、もう一頭の牡鹿だと認めたのじゃないかってことです」
「でしたら、アリオンの思い違いですわ。あとでアリオンに伝えますわ、人間〔ひと〕がいかに、生まれ落ちたときから許婚〔いいなずけ〕が決められているなどとおかしなことがあるにせよ、出会って七日の七倍すら経たないあなたを、求縁していると思い込むなんて」
「昼間の話の続きですが」
 夜宴の余韻の残っているうちに、彼は切り出した。
「あなたがた〈長上の民〉は、婚姻のちぎりを結ぶのに、どのくらいの時間をかけるものなのですか?」
「それは当人たちによります。五十年という者はまれで……」
 答えに喜んだのもつかのま、
「百年、二百年はかけているでしょうね」
「――二百年! じゃああいつはかれこれ百五十年以上もあなたを口説き続けているってことか!」
「口説き……? その言いかたは好きではありません」
「気に障ったのなら謝ります。で、あなたは彼の愛の囁きに応えるおつもりはないのですか?」
「アリオンは誠実ですが、わたくしがこのしごとをしているのをあまりこころよく思っていないのです。ですがわたくしは、このしごとを気に入っています」
「……ふうむ。で、やつは――失礼、彼はどうしようと?」
「さあ。おそらくわたくしの気の変わるのを待っているのではないでしょうか」
「なんて悠長な!」
「お互いを思いやればこそです」
「われわれは――いや、少なくとも俺は、そんなに待てない」
「大切なことなのですよ。あなたがたは、少し性急すぎはしませんか?」
「俺の経験からいえば、戦場では瞬時の判断が生死を分ける。人生を賭けられる女性に出逢ったときも同じです」
「ではあなたがたは、適当な相手と婚姻のちぎりを結ぶのに、どのくらいの時間をかけるのですか?」
「一年――は長すぎる、三か月〔みつき〕、いや、ひと目見たときにすでに決まっているんです。俺があなたを愛してしまったように」
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