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小編

小編〔過去編〕(18)

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彼が身を乗り出したので、かの女ははからずもこの定命の若者の瞳をのぞきこむかたちとなった。
 しずかな夜の底のような瞳のなかに星がみえる。
蝋燭の炎の照りかえしだわ、とかの女は思った。鏡面のごとき深い黒い面〔おもて〕に、輝く金の髪と蒼い瞳のかの女自身が映り――エルフの守人はそこに映る己が一瞬、炎をあげて燃え上がったかのように感じた。 それはかの女が己のどのような同類にもかつて見出したことのない炎であった。
 もちろん、かの女自身にも。
 若者の瞳のなかの炎はさまざまに色を変えた。渇望の赤、真摯な白、ときに少し、たじろいだような黄色に。
 経験したことはなかったが、いにしえの賢者の一員としての集合知がかの女に警告した――これ以上近づいてはならぬ。おまえは矩〔のり〕を超えようとしている――危険だ。この人間は危険だ。おまえの平穏を破り、分別を失わせ、智恵を曇らせる。
 ――でも、とても真摯で強い炎ですわ。
 かの女の、ある意味でとても娘らしい好奇心が、古い種族の警告の声を打ち破った。
 互いに焦がれながらもけして交わることのない太陽と月のようにふたりは対峙していた。めくるめく、おそろしいほどの炎が目に見えぬ力で、生まれついての魔術師でもあるかの女をとらえ、永劫ともいえる刻〔とき〕のなかに閉じ込めようとしているかのようだった。かの女はおそれながらも、炎にいろどられた星々の世界を、螺旋をえがいて昇ってゆきそして――……
 不意に、ふたりのあいだに飛び込んできた梟が呪縛を解いた。
 さわがしい羽音に深遠な宇宙の魔法は解け、エルフの娘はつつしみに従いさっと身をひいた。
 銀色の梟はいらだたしげに娘の膝へ飛び乗った。
「……おばあ様からですわ」
 伝書梟はかの女の手のなかで、命じられたことばをエルフ語で吐き戻すと、銀色の鱗粉となって消えた。
「わたくしに、明朝、女王の宮廷へ参内するようにと。あなたのことがお耳に届いたのだわ。きっとアリオンがお話したのでしょう。そのうち――いつかはお耳に入るとは思っていましたけれど……」かの女は若者のほうを見ずに言った。彼がどのような表情〔かお〕でいるのか、目にするのがなぜだかひどく気おくれしたためだ。
「――ああ、ですが、これはわたくしたちの問題〔こと〕なのですから、あなたには、出立に必要なものがととのうまでいて下さってかまいませんのよ……」
「ご心配なく」若者は妙にかたい声で答えた。「俺は今晩から番小屋で寝ますよ――あなたをわずらわせることはない」
「……エヴァラード?」
 そうして、言い終えるや否やさっと立ち上がり、庵の荷物をまとめて出て行った。
 ……こうしてふたりの関係はこの夜を境に永遠に変わってしまったのだが、イレーンのほうは夜の白むまで考えても、なぜ彼が急に怒ったような態度をとったのか理解のできぬままであった。
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