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小編

小編〔過去編〕(19)

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一方的な宣言のとおり、彼はいまにも崩れそうな番小屋に腰を据えたようであった。あくる朝イレーンが行ってみると、彼は水浴びの真っ最中だった。
 うっすらと陽に焼け、なめし革のようになめらかな背を、朝陽を照りかえしながら水が流れ落ちる。腕を動かすたびに、ひとつひとつの筋肉が独立した生き物のようにうごめく。すでに癒えたらしい、こまかな傷のあるのさえ見てとれた。
 草を踏む音も人の耳には風のそよぎにしかとらえられぬせいで、彼はかの女の近づくのに気付かずにいた。水鏡で髭を剃り始めてからようやくかの女が声をかけたので剃刀〔かみそり〕がすべり、頬に赤い線が走った。
「――ああ、ご免なさい、わたくしのせいですね。見せて下さいな、いま治して――」
 頬へ伸ばした手は、ごくかるくではあったが、払われた。
「気遣いは無用です」
「でも……」
 若者はかぶりをふった。濡れた黒髪から雫がはねる。
「これは俺の問題です。あなたに子供扱いされたくはない」
「子供扱いなど……」
「それより何のご用ですか、こんな朝早くに」
「え……。ええ、昨夜〔ゆうべ〕のお話……わたくしは宮廷へ伺わなければならなくなりましたので、そのことをお伝えしに……。何日か留守にしますから」
「宮廷というのは遠いのですか、女の脚で? よければ俺の馬をお貸ししましょうか」
「ご親切に。でもわたくしは自分の方法で参りますから……」
「そうですか。ではお気をつけて。俺のことはお気になさらず」
 それきりくるりと背を向け、今度は洗濯を始めた。まるで何かを罰するように、石に肌着を叩きつけるその背に、かの女は挨拶さえできずじまいであった。
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