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小編

小編〔過去編〕(20)

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イレーンはかるい平沓〔ひらぐつ〕で、起伏のある獣道をすべるように歩いて――ゆくはずであった。実際のところ誰かほかの者がその様子〔さま〕を見ていたならば、かの女の白い裳裾が白鳥の翼のようにひるがえり、血気盛んな牡鹿の跳ねるように進んでゆくのが目に入ったろう。
 どこからともなくみごとな葦毛の馬が現れて、かの女のかたわらへ寄り添った。双眸だけが紅いその牝馬が、長いまつげと真白いたてがみをふるわせると、イレーンはようやく気づいた様子で、頸〔くび〕に腕を回しひらりと飛び乗った。
 鞍も手綱もなかったが、妖精の馬は乗り手に逆らうこともなく、ふたつの姿は白い霧のように木立のなかをとおり抜けていった。
 森のさらに奥へ進むにつれ、木々のあいだのもやはますます濃くなった。気の小さい人間ならば、もやが意思をもってまとわりついてくるようにさえ感じられたかもしれぬ。
 実際、生きもののようにそれらはうごめき、馬が蹄を進めると、文字どおりもやのカーテンがさっとあき、かの女を迎え入れた。
 もやの先は、さながら劇場の裏方から表舞台に出てきたかのようであった。
 うっそうとした樹冠ははらわれ、天上からはやさしい陽光〔ひかり〕が降りそそぐ。でたらめな迷路のように見える小路は、しかし、びろうどのじゅうたんにも似た地衣が敷きつめられ、潅木や可愛らしい丸い茂みも、なかをゆく姿をうまくかくすように配置されている。
 時無し銀いろの実が鈴なりに生る木や、キュリアの香水など足許にも及ばぬ、うっとりする芳香を漂わせるうす紅いろのちいさな花をつける潅木、足下には繊細なレースを散りばめたような花が咲き乱れる……。
 迷宮庭園を抜けた先に宮殿はあった。
 うす紫の香煙が雲のようにたなびき、白亜の宮殿の壁をほのかに染める。
 よく見るとそれは冷たい石の壁ではなかった。
 外壁は乳白色の月長石〔ムーンストーン〕、窓は透きとおった水晶。あずまやの天蓋は金の星を散りばめた瑠璃〔ラピスラズリ〕、木の柱のように見えたのは永劫の時を閉じこめた琥珀。
 木々の樹冠が屋根を成し、塔のような同じつくりの建物(と呼べるのならば)が集まっているさまは、森のなかに、みどりの笠をもつ細長い茸のかたまりが出現したようであった。
 霞にけぶる塔の上層やほかの棟へは、レースのような螺旋階段や渡り廊下が張りめぐらされ、ときおりそこをとおってゆく人影があるのは、遠目に見るとまるで大きな蜘蛛の巣をゆきかう蜘蛛の仔のよう。
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