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小編

小編〔過去編〕(23)

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「いいえ、オルフィナ殿、それはありえませんわ。なぜって彼は――」
 エクレシアの学究の徒にしてはあまりにも無知で、そのくせ無邪気で、まるで広い世界をはじめて目にした赤子のよう――。
 とまではさすがにはばかられたので、無知で、までにとどめたが。
(そうでなくとも、あれほどあけっぴろげな間諜などいるものかしら?)
「ではかの者はそなたに何を尋ねたの?」
 結婚してくれと言われた、などとはとても口にできるものではなかった。否、以前のかの女であれば、ほかの者から好意を寄せられているということも事実のひとつとして気安く打ち明けていたはずだ。常若の森〔ここ〕ではひかえめに見守られることこそあれ、嘲笑〔わら〕われることなどないのだから。
「わたくしたちが平生〔へいぜい〕どのように明かし暮らしているか、また彼らは如何様であるか、という他愛もない話を交わしていましたわ。そのようなお話、わたくしはかつてアリオンから耳にしていただけですから」
「まこと、かの者がおらねばどうなっていたことか」重臣たちのうちから低く漏れたつぶやきを、イレーンの耳はとらえた。
「……イレーンよ、妾がそなたに泉の守護をまかせた――否、ゆるしたは、そなたに信に足る力あってのゆえと心得ておろう」
「……はい、おばあ――陛下」
「それがこうも易々〔やすやす〕と、人間〔ひと〕の忍び入るのをゆるすとは……」
 遠いとおい昔――まだ〈帝国〉がかげもかたちもなく、神々が天空と地上と地の底とを自由に行き来していた時代、女神の眷属は大陸中央を覆う広大な森の調和を司っていた。やがて人間が地の上に増え始めると、大樹が白蟻にむしばまれてゆくように、ゆたかなみどりは次第に、丸太小屋や橋や薪に姿を変えていった。
 はじめのうち、妖精族はこの定命の種族を手伝いさえした。なんとなれば彼らは寒さに震えるばかりで、食べられる実とそうでないものとの区別もつかず、苧麻〔からむし〕を採って機〔はた〕を織ることも知らず、その貧弱な爪と歯では、狼たちと競って鹿を狩ることはおろか、土を掘って木の根を探すことすらおぼつかぬからであった。
 それに、太古〔いにしえ〕の森は樹冠は天に届いて陽をさえぎり、根は複雑にからみあって互いをしめつけ、息苦しくさえある場所であった。多少の間引きは必要でもあったのだ。
 岩妖精族が凍える彼らを哀れに思い火を与え――これがそもそものあやまちの始まりであったと森妖精〔エルフ〕族は考えている――森妖精族はことに己に似た姿かたちの女に、機織りや、そのほかもろもろの役立つことを教えた(このことが、宝石やあれやこれやで“着飾る”ことを人間の女に教えたのだと、岩妖精〔ドワーフ〕族は苦々しく思っているのだが)。
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