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小編

小編〔過去編〕(26)

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「なぜって――彼はわたくしの客人ですもの」
 指摘されてはじめて、かの女の心中にざわめきが生じた。
 これまで女王の宮廷を、これほど居心地悪く感じたことはなかった。霧にとける乳白色の列柱も、絹のようになめらかなみどりの天蓋も、妙なる天上の調べを奏でるせせらぎも、いまはひたすらにぼんやりとし、うっとうしく、耳障りで、生彩を欠いているのはなぜだろう。それに、あれほど尊敬し、その好意を受けるのを、くすぐったくも誇らしく思っていた年嵩のいとこが、妙に冷たく意地悪に見えるのはどうしてだろう……。
 かの女の内のかすかな動揺を見透かすかのように、アリオンは続けた。
「彼らは客人〔まろうど〕としては歓迎されるが、それは彼らがいずれ立ち去るゆえだ」
「…………」
「それはきみも同じだ、イレーン」ものわかりの悪い教え子を教師が諭すように、
「きみが彼の世界を選んでも、きみは彼にとって客人にすぎぬ。やがて彼らはきみに立ち去ってほしいと望むようになるだろう。なぜならきみは彼らと違いすぎるからだ。あまりに美しく、善良で、また賢すぎるからだ。一方で、彼らはどうしようもなく愚かで、くだらぬことですぐに争い、またたくまに醜く年老いて死んでゆくさだめにある。そのうちに彼らはきみをうとましく思い――」
「あなたは彼らのことを何でも分かったように仰いますのね、アリオン」ふだんならば決してせぬことであったが、かの女は年長者に口を挟んだ。
 アリオンは碧の眸をすがめてかの女を見、
「……いささか礼儀知らずになったようだね、私の可愛いイレーン。それもあの人間の男に影響を受けたためかな」
「あなたのイレーンではありませんわ、アリオン」
「では誰のものだと言うつもり」
「わたくしはわたくしです。誰のものでもありません。あなたこそそのような仰りかたをなさるなんて、ここ五十年のあいだにはなかったことではありませんか。人界の影響を受けているのはあなたではありませんの」
「少しばかり癇にさわるが認めぬわけにはゆかぬだろうね」五百余才の森妖精は皮肉に唇をゆがめた。
「私は長いことあちらにいすぎたようだ。だが、すでに足は遠のいているよ。なにしろ、彼らの愚かさをいやというほど見せつけられたのだからね。彼らとともにあるくらいならば、岩妖精族と共闘するほうがましというものだ。まさかと思うが、もしきみが……」
「ご忠告は心に留めておきますわ」かの女は辞去のしぐさをした。「ですがもう戻りませんと。客人が心配されているといけませんから」
 アリオンの声は、木霊のようにかの女の背を追ってきた。
「きみがもしあの人間の男とともにここを出てゆくようなことになっても私は構わないし、いつでも戻ってきてよいのだからね。私は待っている」
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