FC2ブログ

小編

小編〔過去編〕(28)

 ←小編〔過去編〕(27) →小編〔過去編〕(29)
かの女にとっては森の外の世界すべてが、見るのと聞くのとでは大違いであった。人里に近づくにつれ、慣れ親しんできた楢〔なら〕や樫の大樹は姿を消し、規則的に並ぶ箱柳〔ポプラ〕の木立や、あきらかに人が植えたとおぼしき林檎〔りんご〕の木がぽつりぽつりと生えているのが目に入る。
 イレーンは子供のように、横座りした鞍壺から腰を浮かせ、はるかに続く丘陵や、ときおりたちのぼる村々の炊事の煙に目を凝らしている。
 エヴァラードは夢中になるあまり妻が転げ落ちぬよう、うしろからそっとその細腰を支えてやっていた。大の大人がふたり乗っても、彼の愛馬には、イレーンの重みなどまるで麦藁一本ほどもこたえていないようであった。
「しかし、そのままの格好で行くのは少々まずいかもしれないな」
 笑いを噛み殺したようにエヴァラードは言った。
「姿を隠さねばならないわけでもありますの?」
「俺にはないよ。だがきみは……道ゆく男どもにとっては危険な存在になっているようだからね」
 馬上の妖精の貴婦人を目にした旅人はうっかり側溝に転がり落ち、農夫は鎌で己の手を切り、騎士の馬は主の手綱がお留守のあいだに道草を食い始める始末であった。
「生まれ持った姿を恥じる必要などないと思いますけれど」
「〈長上の民〉にとってはそうだろうね」
 エヴァラードは終いにはにやにや笑いを隠そうともしなかった。
「だがわれわれ人間にとっては……きみは太陽のようなものだ。恵みを与えてくれるが、直接見ると目がつぶれる」
「あなたはときどき、わかったようなわからないようなことを仰いますのね」
「詩的と言ってくれないかな」
 結局、かの女は人の世の流儀にならうことにし、数少ない持ちもののなかから深山幽谷の清流に生〔む〕す苔のような深緑色の天鵞絨〔びろうど〕の外套を選び出すと、そっとフードをおろしたのだった。
関連記事
スポンサーサイト


もくじ  3kaku_s_L.png INFORMATION
もくじ  3kaku_s_L.png 第一章
もくじ  3kaku_s_L.png 第二章
もくじ  3kaku_s_L.png 第三章
もくじ  3kaku_s_L.png 第四章
もくじ  3kaku_s_L.png 第五章
もくじ  3kaku_s_L.png 第六章
もくじ  3kaku_s_L.png 第七章
もくじ  3kaku_s_L.png 第八章
もくじ  3kaku_s_L.png 第九章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十一章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十二章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十三章
もくじ  3kaku_s_L.png 第十四章
もくじ  3kaku_s_L.png 小編
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
もくじ  3kaku_s_L.png 雑記
  • 【小編〔過去編〕(27)】へ
  • 【小編〔過去編〕(29)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【小編〔過去編〕(27)】へ
  • 【小編〔過去編〕(29)】へ

INDEX ▼