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小編

小編〔過去編〕(29)

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道の両側に青い麦畑の広がるところまでくると、エヴァラードは馬の歩みを止めた。
 緑の海原に腰をかがめて作業をしている生成りの長衣を認めると、
「おうい、そこの御坊、一寸〔ちょっと〕頼みがあるのだが」
 と声をかけた。
 呼ばれた僧はふりかえった。陽に焼けた額の汗を粗織の袖で拭いつつ、
「これは騎士さま、何のご用かの」
「我らふたりの結婚の証人になってもらいたいのだ」
 地母神の僧は目の前の騎士と、馬上のフードをかむった婦人を交互に見遣った。
「よろしいが、神殿までは遠いよ」
「どこだね」
 土でよごれた指が指し示したのは、なだらかな丘ふたつ越えた向こう、彼らの進む方向とは九十度ずれていた。
「やあ、御坊はそんな遠くから来ているのか」
「そうさな。ここらは寄進を受けた土地だけども、耕す人間がいなくちゃあ、どうもならん」
「あいにくだが、それほどのんびりしている時間はないのだ」
 エヴァラードが困った顔で言うと、
「屋根のあるところでなくてもいいっちゅうんなら、儂がいつも弁当をつかう場所がある。おいでなさい」
 ふたりと一頭は僧侶について、畑のはずれにこんもりと葉を茂らせるちいさな林のかげに入っていった。
 ひんやりとした木陰には、誰が刻んだのか、荒削りのぽっちゃりした地母神〔アルマトゥーラ〕の石像がひっそりと佇んでいた。雨露をしのげるように簡単な小屋がけをしてあるが、大人ひとりが腰をおろして弁当を広げようものなら体の半分は外に出てしまうほどの幅であった。
「さて、ご両人」
 僧服をまとっていなければ、そこらの農夫と変わりないように見える赤ら顔の坊主は、泥汚れをこそげ落とすように両手をこすり合わせた。
「大地母神〔アルマトゥーラ〕様の前では、かたくるしいことはなしだ。儂もふだんは村の結婚式に招〔よ〕ばれるだけなんでねえ――誓いを立てるころにはすっかりできあがってるって寸法だ。だから、ただお互いを夫婦として認めますって言えばいいよ、証人にはなってさしあげるからね。――おっと、そういやまだ名前も聞いておらんかったね」
「俺はアルマンディのエヴァラード。こちらは――」ちょっと迷ってから、「〈常若の森〉のふもとから来たイレーン殿だ」
「へえ、森のねえ! あんなところに人が住んでいたとは思わなんだよ」
 坊主は――失礼にならないと思い込んでいるであろう程度に――フードをかむった貴婦人を、ものめずらしげにじろじろと見た。
「まあでも何にしろ結婚はめでたいことだよ。子供も増えることだしね」
 エヴァラードは黙っているイレーンに、僧侶の言葉をかいつまんで訳して聞かせた。むろん、最後のふたつは除いて。
「さ、おふたかた、何かお互いに誓い合うことがあればお言いなさい。ないなら、途中をすっとばして誓いの口づけでも構わんよ」
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